町工場の未来

 新興国の台頭に加え国内市場は縮小し、日本のモノ作りは大きな危機に直面しています。従来通りの方法では生き残れないことは確実です。町工場のオヤジは今こそ先頭に立って動かなければならないとのことで、『日経トップリーダー 2011年3月号』(日経BP社)では”このまま消えてしまうのか? 町工場の未来”というタイトルの特集が組まれています。今回は本誌より”問題解決!オレの考え”をご紹介します。


Q1. 若手の職人を一人前にするために何をしているか?
A1. 小さな疑問も相談・共有できる仕組みをつくる
*回答者

深中メッキ工業(電子部品などのメッキ) 深田稔社長
        /東京都墨田区 1953年設立 売上高約3億円・社員10人

 成長が約束された時代なら許された「俺についてこい」の経営が通用する時代ではない。一人ひとり考え方も感じ方も異なる。

 慌ただしく働いているときちんと話す機会は少ないので、当社が導入したのは「OJTシート」。新入社員が仕事の疑問や感想を何でも記入するシートで、意思疎通に大きな役割を果たす。

 

Q2. 銀行から円滑に融資を受けるにはどうすればいい?
A2. 技術を見せてもダメ、経営状況を数字で示す
*回答者

アシザワ・ファインテック(ビーズミルを製造) 芦澤直太郎社長
        /千葉県習志野市 1903年創業 売上高約16億円・社員109人

 銀行員にはその会社の技術が市場でどの程度の優位性を持っているのか判断する事ができない。その技術がどのように売り上げに結びつき、結果として財務状況がどうなるかを示すことが重要。

 資金調達に苦労する局面で融資を得た経験があるが、評価されたのは社長であった現会長の謙虚に人の話に耳を傾ける姿勢と、副社長であった現社長の地に足の着いた収支計画を「銀行員の言葉=数字」で経営の状況と今後の見通しの丁寧な説明。

 

Q3. 業績低迷で事業内容を再検討するポイントは?
A3. 採算が悪ければ、中核事業も見直す
*回答者

シナガワ(ゴム成型品、樹脂成型品を製造) 品川隆幸社長
        /大阪府東大阪市 1985年設立 売上高7億円・社員32人

 リーマンショック時の大赤字から業績回復出来たのは、事業の見直しで利益率の低い分野から撤退したから。かつて中核事業として仕事量も多い事業だったが、中国製との競合で利益率が下がり、受注確保の為に営業担当者の雇用も必要だった。

 また、リストラは実施せず結婚退職の女性社員の補充をやめることで結果的に社員 を削減した。

 気をつけなければならないのは、事業絞り込みに当たり準備を怠らないこと。情報収集に努め、次なる柱を見つけてから低利率の事業から撤退しなければならない。

 

Q4. 独創的な製品を育てるにはどうする?
A4. アイデアの組み合わせを常に意識する
*回答者

ハードロック工業(緩み防止機能付特殊ナットを製造) 若林克彦社長
        /大阪府東大阪市 1974年設立 売上高11億円・社員48人

  自社は100件ぐらいのアイデアを持つ。その中からロングセラー製品を育て続けることが生き残りにつながる。「基本要素」にどのような「付加価値」を加えるか?その組み合わせがアイデアとなる。

 人間は窮地に立たされると思わぬ力を発揮する。毎日必死で考え続けると、毎日聞きする物の中からでも製品のヒントを見つけられるようになる。

 

Q5. 自社ブランドの価値をどう高めるか?
A5. 理念に共鳴してくれるファンの信頼を積み重ねる
*回答者

池内タオル(タオル製造販売) 池内計司社長
        /愛媛県今治市 1953年設立 売上高3億6000万円・従業員18人

 ブランドは一朝一夕にはできない。信頼を積み重ね、結果としてできるものである。顧客が寄せる声は良いものだけではない。典型がクレーム。ただ、それに誠実に対応すれば、より高い信頼をブランドに寄せてくれるようになる。

 

Q6. 自社製品の新しい用途をどうやって見つけたのか?
A6. お客さんの声に耳を傾け、道を開く
*回答者 本多プラス(ブロー成形でプラスチック製品製造) 本多克弘社長
        /愛知県新城市 1946年創業 売上高約27億円・社員約140人

売り先を増やすため、「お客さんが今、どんなことに困っているのか」「どんな課題に直面しているのか」を常に意識してきた。

  ただ、お客さんも最初から素直に悩みを打ち明けてはくれない。そればかりか話自体を聞いてくれないことも少なくない。社員の訪問では特にその傾向がある。 そこで、社長自ら直接出向き話をすると、悩みを打ち明けてくれることが多い。どんなに優れた技術も、製品も、販売無くしては事業が成り立たない。

 

Q7. ニッチを極めるために何をしてきたのか?
A7. 苦しい時期も設備、技術を積み上げる
*回答者 マルイ機工(ガンドリルによる深穴加工) 飯塚勝可社長
        /新潟県柏崎市 1986年創業 売上高約8000万円・社員5人

「いい設備がなければいいモノ作りはできない」というのがモットー。そこで苦 しいときも設備投資を着実に進めてきた。また、設備に見合った技術も身につける事にも注力してきた。

 20代、30代の若手社員を中心に、週休二日制の導入などでやりがいを持って働いてもらっている。少人数のまま難しい加工ができる「究極の町工場」を目指す。